だと当世から見られるのは、ただ見られるのではない、見咎《みとが》められるも同然である。芝居に行って、自分の着ている羽織の紋の大《おおき》さが、時代か時代後れか、そればかりが気になって、見物にはいっこう身が入らぬものさえある。小野さんは肩身が狭い。人の波の許す限り早く歩く。
「阿爺《おとうさん》、大丈夫」と後《うしろ》から呼ぶ。
「ああ大丈夫だよ」と知らぬ人を間に挟んだまま一軒置いて返事がある。
「何だか危なくって……」
「なに自然《じねん》に押して行けば世話はない」と挟《はさ》まった人をやり過ごして、苦しいところを娘といっしょになる。
「押されるばかりで、ちっとも押せやしないわ」と娘は落ちつかぬながら、薄い片頬《かたほ》に笑《えみ》を見せる。
「押さなくってもいいから、押されるだけ押されるさ」と云ううち二人は前へ出る。巡査の提灯《ちょうちん》が孤堂先生の黒い帽子を掠《かす》めて動いた。
「小野はどうしたかね」
「あすこよ」と眼元で指《さ》す。手を出せば人の肩で遮《さえ》ぎられる。
「どこに」と孤堂先生は足を揃《そろ》える暇もなく、そのまま日和下駄《ひよりげた》の前歯を傾けて背延《せいのび》をする。先生の腰が中心を失いかけたところを、後ろから気の早い文明の民が押《の》しかかる。先生はのめっ[#「のめっ」に傍点]た。危うく倒れるところを、前に立つ文明の民の背中でようやく喰い留める。文明の民はどこまでも前へ出たがる代りに、背中で人を援《たす》ける事を拒まぬ親切な人間である。
文明の波は自《おのず》から動いて頼《たより》のない親と子を弁天の堂近く押し出して来る。長い橋が切れて、渡る人の足が土へ着くや否や波は急に左右に散って、黒い頭が勝手な方へ崩《くず》れ出す。二人はようやく胸が広くなったような心持になる。
暗い底に藍《あい》を含む逝《ゆ》く春の夜を透《す》かして見ると、花が見える。雨に風に散り後《おく》れて、八重に咲く遅き香《か》を、夜に懸《か》けん花の願を、人の世の灯《ともしび》が下から朗かに照らしている。朧《おぼろ》に薄紅《うすくれない》の螺鈿《らでん》を鐫《え》る。鐫ると云うと硬過《かたすぎ》る。浮くと云えば空を離れる。この宵《よい》とこの花をどう形容したらよかろうかと考えながら、小野さんは二人を待ち合せている。
「どうも怖《おそ》ろしい人だね」と追いついた孤堂先
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