やみに脱落するところをもって見ると、何でもよほど性《たち》の悪い野良狐《のらぎつね》に違ない。
「御山《おやま》へ御登《おあが》りやすのどすか、案内しまほうか、ホホホ妙《けったい》な所《とこ》に寝ていやはる」とまた目暗縞《めくらじま》が下りて来る。
「おい、甲野さん。妙な所に寝ていやはるとさ。女にまで馬鹿にされるぜ。好い加減に起きてあるこうじゃないか」
「女は人を馬鹿にするもんだ」
と甲野さんは依然として天《そら》を眺《なが》めている。
「そう泰然と尻を据《す》えちゃ困るな。まだ反吐《へど》を吐きそうかい」
「動けば吐く」
「厄介《やっかい》だなあ」
「すべての反吐は動くから吐くのだよ。俗界|万斛《ばんこく》の反吐皆|動《どう》の一字より来《きた》る」
「何だ本当に吐くつもりじゃないのか。つまらない。僕はまたいよいよとなったら、君を担《かつ》いで麓《ふもと》まで下りなけりゃならんかと思って、内心少々|辟易《へきえき》していたんだ」
「余計な御世話だ。誰も頼みもしないのに」
「君は愛嬌《あいきょう》のない男だね」
「君は愛嬌の定義を知ってるかい」
「何のかのと云って、一分《いっぷん》でも余計動かずにいようと云う算段だな。怪《け》しからん男だ」
「愛嬌と云うのはね、――自分より強いものを斃《たお》す柔《やわら》かい武器だよ」
「それじゃ無愛想《ぶあいそ》は自分より弱いものを、扱《こ》き使う鋭利なる武器だろう」
「そんな論理があるものか。動こうとすればこそ愛嬌も必要になる。動けば反吐を吐くと知った人間に愛嬌が入るものか」
「いやに詭弁《きべん》を弄《ろう》するね。そんなら僕は御先へ御免蒙《ごめんこうむ》るぜ。いいか」
「勝手にするがいい」と甲野さんはやっぱり空を眺めている。
 宗近君は脱いだ両袖をぐるぐると腰へ巻き付けると共に、毛脛《けずね》に纏《まつ》わる竪縞《たてじま》の裾《すそ》をぐいと端折《はしお》って、同じく白縮緬《しろちりめん》の周囲《まわり》に畳み込む。最前袖畳にした羽織を桜の杖の先へ引き懸《か》けるが早いか「一剣天下を行く」と遠慮のない声を出しながら、十歩に尽くる岨路《そばみち》を飄然《ひょうぜん》として左へ折れたぎり見えなくなった。
 あとは静である。静かなる事|定《さだま》って、静かなるうちに、わが一脈《いちみゃく》の命を託《たく》すると知った時、この
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