か、私に同意なさるかで事はきまります。
忘れました。局部内容発現の芸術でもっとも旨かったのは蝙蝠安《こうもりやす》ですな。あれは旨い。本当にできてる。ゆすりをした経験のある男が正業について役者になったんでなければ、ああは行くまいと思いました。顔もごろつきそうな顔でしょう。あれが髭《ひげ》を生《は》やして狩衣《かりぎぬ》を着て楠正成の家来になってたから驚いた。
次に内容と全く独立した。と云うより内容のない芸術がありますが、あれは私にも少々分る。鷺娘《さぎむすめ》がむやみに踊ったり、それから吉原|仲《なか》の町《ちょう》へ男性、中性、女性の三性が出て来て各々《おのおの》特色を発揮する運動をやったりするのはいいですね。運動術としては男性が一番|旨《うま》いんだそうですが、私はあの女性が好きだ、好い恰好《かっこう》をしているじゃありませんか。それに色彩が好い。
色彩は私には大変な影響を及ぼします。太功記《たいこうき》の色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が金釦《きんボタン》のシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。あの中にあんな綺麗《きれい》な着物を着た御嫁さんなんかがいるんだから、もったいない。光秀はなぜ百姓みたように竹槍《たけやり》を製造するんですか。
木更津《きさらづ》汐干《しおひ》の場の色彩はごちゃごちゃして一見|厭《いや》になりました。御成街道《おなりかいどう》にペンキ屋の長い看板があるから見て、御覧なさい。
楠一族の色彩ははなはだよろしい。第一調和しているようです。正成の細君は品があってよござんす、あの子も好い。みんな好い色だ。
私の厭なところと、好《すき》なところを性質から区別して並べて御覧に入れました。これで私が芝居を見ている時の順慶流の気持が少し説明ができたつもりですが、まだこのほかにもなかなかあります。それは他日御面会の節に譲ります。不折は男性、女性、中性を見ずに帰りましたね。不折は奴的《やっこてき》の画が好きなんだろうと思います。凡鳥君によろしく。以上。
六月十二日
底本:「夏目漱石全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年7月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月にかけて刊行
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