ロックが真先に立って、どっと吹き出した。自分も調子につれて、いっしょに吹き出した。
 それからさんざんな批評を受けた。中にもフロックのはもっとも皮肉であった。虚子は微笑しながら、仕方なしに自分の鼓《つづみ》に、自分の謡を合せて、めでたく謡《うた》い納《おさ》めた。やがて、まだ廻らなければならない所があると云って車に乗って帰って行った。あとからまたいろいろ若いものに冷かされた。細君までいっしょになって夫を貶《くさ》した末、高浜さんが鼓を御打ちなさる時、襦袢《じゅばん》の袖《そで》がぴらぴら見えたが、大変好い色だったと賞《ほ》めている。フロックはたちまち賛成した。自分は虚子の襦袢の袖の色も、袖の色のぴらぴらするところもけっして好いとは思わない。

     蛇

 木戸を開けて表へ出ると、大きな馬の足迹《あしあと》の中に雨がいっぱい湛《たま》っていた。土を踏むと泥の音が蹠裏《あしのうら》へ飛びついて来る。踵《かかと》を上げるのが痛いくらいに思われた。手桶《ておけ》を右の手に提《さ》げているので、足の抜《ぬ》き差《さし》に都合が悪い。際《きわ》どく踏《ふ》み応《こた》える時には、腰から上で調
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