事もできずに、焔を見物している。焔は鼻の先から燃え上がる。
 傍《そば》に押し詰められているものは口々にどこだ、どこだと号《さけ》ぶ。聞かれるものは、そこだそこだと云う。けれども両方共に焔の起る所までは行かれない。※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]は勢いを得て、静かな空を煽《あお》るように、凄《すさま》じく上《のぼ》る。……
 翌日|午過《ひるすぎ》散歩のついでに、火元を見届《みとどけ》ようと思う好奇心から、例の坂を上って、昨夕《ゆうべ》の路次を抜けて、蒸汽喞筒の留まっていた組屋敷へ出て、二三間先の曲角《まがりかど》をまがって、ぶらぶら歩いて見たが、冬籠《ふゆごも》りと見える家が軒を並べてひそりと静まっているばかりである。焼け跡はどこにも見当《みあた》らない。火の揚《あ》がったのはこの辺だと思われる所は、奇麗《きれい》な杉垣ばかり続いて、そのうちの一軒からは微《かす》かに琴《こと》の音《ね》が洩《も》れた。

     霧

 昨宵《ゆうべ》は夜中《よじゅう》枕の上で、ばちばち云う響を聞いた。これは近所にクラパム・ジャンクションと云う大停車場《おおステーション》のある御蔭《おかげ》である。このジャンクションには一日のうちに、汽車が千いくつか集まってくる。それを細《こま》かに割りつけて見ると、一分に一《ひ》と列車ぐらいずつ出入《でいり》をする訳になる。その各列車が霧《きり》の深い時には、何かの仕掛《しかけ》で、停車場|間際《まぎわ》へ来ると、爆竹《ばくちく》のような音を立てて相図をする。信号の灯光は青でも赤でも全く役に立たないほど暗くなるからである。
 寝台《ねだい》を這《は》い下りて、北窓の日蔽《ブラインド》を捲《ま》き上げて外面《そと》を見おろすと、外面は一面に茫《ぼう》としている。下は芝生の底から、三方|煉瓦《れんが》の塀《へい》に囲われた一間余《いっけんよ》の高さに至るまで、何も見えない。ただ空《むな》しいものがいっぱい詰っている。そうして、それが寂《しん》として凍《こお》っている。隣の庭もその通りである。この庭には奇麗《きれい》なローンがあって、春先の暖かい時分になると、白い髯《ひげ》を生《はや》した御爺《おじい》さんが日向《ひなた》ぼっこをしに出て来る。その時この御爺さんは、いつでも右の手に鸚鵡《おうむ》を留まらしている。そうして自分の目を
前へ 次へ
全62ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング