と、普通の画家は画になる所さえ見付ければ、それですぐ筆を執《と》ります。あなたは左右《そう》でないようです。あなたの画には必ず解題が付いています。そうして其解題の文章が大変器用で面白く書けています。あるものになると、画よりも文章の方が優《まさ》っているように思われるのさえあります。あなたは東京の下町で育ったから、斯《こ》ういう風に文章が軽く書きこなされるのかも知れませんが、いくら文章を書く腕があっても、画が其腕を抑《おさ》えて働らかせないような性質のものならそれ迄《まで》です。面白い絵説の書ける筈《はず》はありません。だから貴方は画題を選ぶ眼で、同時に文章になる画を描いたと云わなければなりません。その点になると、今の日本の漫画家にあなたのようなものは一人もないと云っても誇張ではありますまい。私は此絵と文とをうまく調和させる力を一層拡大して、大正の風俗とか東京名所とかいう大きな書物を、あなたに書いて頂きたいような気がするのです。
六月十五日
[#地付き]夏目金之助
岡本一平様
底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房
1972(昭和47)年1月10日第1
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