れた。三人は思い思いに臥床《ふしど》に入る。
 三十分の後《のち》彼らは美くしき多くの人の……と云う句も忘れた。ククーと云う声も忘れた。蜜を含んで針を吹く隣りの合奏も忘れた、蟻の灰吹《はいふき》を攀《よ》じ上《のぼ》った事も、蓮《はす》の葉に下りた蜘蛛《くも》の事も忘れた。彼らはようやく太平に入る。
 すべてを忘れ尽したる後女はわがうつくしき眼と、うつくしき髪の主《ぬし》である事を忘れた。一人の男は髯のある事を忘れた。他の一人は髯のない事を忘れた。彼らはますます太平である。
 昔《むか》し阿修羅《あしゅら》が帝釈天《たいしゃくてん》と戦って敗れたときは、八万四千の眷属《けんぞく》を領して藕糸孔中《ぐうしこうちゅう》に入《い》って蔵《かく》れたとある。維摩《ゆいま》が方丈の室に法を聴ける大衆は千か万かその数を忘れた。胡桃《くるみ》の裏《うち》に潜《ひそ》んで、われを尽大千世界《じんだいせんせかい》の王とも思わんとはハムレットの述懐と記憶する。粟粒芥顆《ぞくりゅうかいか》のうちに蒼天《そうてん》もある、大地もある。一世《いっせい》師に問うて云う、分子《ぶんし》は箸《はし》でつまめるものですかと。分子はしばらく措《お》く。天下は箸の端《さき》にかかるのみならず、一たび掛け得れば、いつでも胃の中に収まるべきものである。
 また思う百年は一年のごとく、一年は一刻のごとし。一刻を知ればまさに人生を知る。日は東より出でて必ず西に入る。月は盈《み》つればかくる。いたずらに指を屈して白頭に到《いた》るものは、いたずらに茫々《ぼうぼう》たる時に身神を限らるるを恨《うら》むに過ぎぬ。日月は欺《あざむ》くとも己れを欺くは智者とは云われまい。一刻に一刻を加うれば二刻と殖《ふ》えるのみじゃ。蜀川《しょくせん》十様の錦、花を添えて、いくばくの色をか変ぜん。
 八畳の座敷に髯のある人と、髯のない人と、涼しき眼の女が会して、かくのごとく一夜《いちや》を過した。彼らの一夜を描《えが》いたのは彼らの生涯《しょうがい》を描いたのである。
 なぜ三人が落ち合った? それは知らぬ。三人はいかなる身分と素性《すじょう》と性格を有する? それも分らぬ。三人の言語動作を通じて一貫した事件が発展せぬ? 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。

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