のである。余の見るところではコンラッドはその調子を取らない。
 これではまだ日高君は首肯されないかも知れないからもっとも著《いちじる》しい例を挙《あ》げると、ゼ・ニガー・オブ・ゼ・ナーシッサスのようなものである。これは一人の黒奴が、ナーシッサスと云う船に乗り込んで航海の途中に病死する物語であるが、黒奴の船中生活を叙したものとしては、いかにも幼稚で、できが悪い。しかし航海の描写としては例の通り雄健蒼勁《ゆうけんそうけい》の極を尽したものである。だから、余の希望から云うと、なまじいに普通の小説じみた黒奴という主人公の経歴はやめて、全くの航海描写としたらば好かろうと思うのである。しからざればいらざる風濤《ふうとう》の描写を割《さ》いて、主人公の身辺に起る波瀾《はらん》成行をもう少し上手に手際《てぎわ》よく叙したらば好かろうと思う。
 普通の小説のような脚色がありながら、その方の筋はいっこうできていないで、かえって自然力の活動ばかり目醒《めざま》しいので、余はこれを主客|顛倒《てんとう》と評したのである。ところが短かい談話で、国民文学記者にコンラッドだけを詳《くわ》しく話す余地がなかったので、
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