ケーベル先生
夏目漱石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)藍色《あいいろ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)珈琲が一番|旨《うま》い
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木《こ》の葉《は》の間から高い窓が見えて、その窓の隅《すみ》からケーベル先生の頭が見えた。傍《わき》から濃い藍色《あいいろ》の煙が立った。先生は煙草《たばこ》を呑《の》んでいるなと余は安倍《あべ》君に云った。
この前ここを通ったのはいつだか忘れてしまったが、今日見るとわずかの間《ま》にもうだいぶ様子が違っている。甲武線の崖上《がけうえ》は角並《かどなみ》新らしい立派な家に建て易《か》えられていずれも現代的日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構《もんがまえ》ばかりである。その中に先生の住居《すまい》だけが過去の記念《かたみ》のごとくたった一軒古ぼけたなりで残っている。先生はこの燻《くす》ぶり返った家の書斎に這入《はい》ったなり滅多《めった》に外へ出た事がない。その書斎はとりもなおさず先生の頭が見えた木の葉の間の高い所であった。
余と安倍君とは先生に導びかれて、敷物も何も
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