としては、兄《あに》よりも嫂《あによめ》の方が、代助に取つて遥かに興味がある。兄《あに》に逢ふと屹度|何《ど》うだいと云ふ。以太利に地震があつたぢやないかと云ふ。土耳古の天子が廃されたぢやないかと云ふ。其外、向ふ島の花はもう駄目になつた、横浜にある外国船の船底《ふなぞこ》に大蛇《だいぢや》が飼《か》つてあつた、誰《だれ》が鉄道で轢《ひ》かれた、ぢやないかと云ふ。みんな新聞に出た事|許《ばかり》である。其代り、当らず障らずの材料はいくらでも持つて居る。いつ迄|経《た》つても種《たね》が尽きる様子が見えない。
 さうかと思ふと。時にトルストイと云ふ人は、もう死んだのかね抔と妙な事を聞く事がある。今《いま》日本《にほん》の小説家では誰《だれ》が一番|偉《えら》いのかねと聞く事もある。要するに文芸には丸で無頓着で且つ驚ろくべく無識であるが、尊敬と軽蔑以上に立つて平気で聞くんだから、代助も返事がし易《やす》い。
 斯《か》う云ふ兄《あに》と差し向《むか》ひで話をしてゐると、刺激の乏しい代りには、灰汁《あく》がなくつて、気楽で好《い》い。たゞ朝から晩迄|出歩《である》いてゐるから滅多に捕《つら》ま
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