いざな》ふ警鐘の様なものであると考へた。此警鐘を聞くことなしに生《い》きてゐられたなら、――血を盛《も》る袋《ふくろ》が、時《とき》を盛《も》る袋《ふくろ》の用を兼ねなかつたなら、如何《いか》に自分は気楽だらう。如何に自分は絶対に生《せい》を味はひ得るだらう。けれども――代助《だいすけ》は覚えず悚《ぞつ》とした。彼は血潮《ちしほ》によつて打たるゝ掛念のない、静かな心臓を想像するに堪へぬ程に、生《い》きたがる男である。彼は時々《とき/″\》寐《ね》ながら、左の乳《ちゝ》の下《した》に手を置いて、もし、此所《こゝ》を鉄槌《かなづち》で一つ撲《どや》されたならと思ふ事がある。彼は健全に生きてゐながら、此生きてゐるといふ大丈夫な事実を、殆んど奇蹟の如き僥倖とのみ自覚し出す事さへある。
彼は心臓から手を放して、枕元の新聞を取り上げた。夜具の中《なか》から両手を出《だ》して、大きく左右に開《ひら》くと、左側《ひだりがは》に男が女を斬《き》つてゐる絵があつた。彼はすぐ外《ほか》の頁《ページ》へ眼《め》を移した。其所《そこ》には学校騒動が大きな活字で出てゐる。代助は、しばらく、それを読んでゐたが、や
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