》を開《あ》けた。
「それから、以後《いご》何《ど》うだい」
「何《ど》うの、斯《か》うのつて、――まあ色々《いろ/\》話すがね」
「もとは、よく手紙が来《き》たから、様子が分《わか》つたが、近頃ぢや些《ちつ》とも寄《よこ》さないもんだから」
「いや何所《どこ》も彼所《かしこ》も御無沙汰で」と平岡は突然《とつぜん》眼鏡《めがね》を外《はづ》して、脊広の胸から皺だらけの手帛《ハンケチ》を出して、眼《め》をぱち/\させながら拭《ふ》き始めた。学校時代からの近眼である。代助は凝《じつ》と其様子を眺めてゐた。
「僕より君はどうだい」と云ひながら、細《ほそ》い蔓《つる》を耳《みゝ》の後《うしろ》へ絡《から》みつけに、両手で持つて行つた。
「僕は相変らずだよ」
「相変らずが一番|好《い》いな。あんまり相変るものだから」
 そこで平岡《ひらをか》は八《はち》の字《じ》を寄《よ》せて、庭の模様を眺め出《だ》したが、不意に語調を更《か》へて、
「やあ、桜《さくら》がある。今漸やく咲き掛けた所だね。余程気候が違ふ」と云つた。話の具合が何だか故《もと》の様にしんみりしない。代助も少し気の抜《ぬ》けた風に、

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