》に行《い》かうと思つて、まだ行《い》かない」
 平岡の言葉は言訳《いひわけ》と云はんより寧ろ挑|戦《せん》の調子を帯びてゐる様に聞《き》こえた。襯衣《シヤツ》も股引《もゝひき》も着《つ》けずにすぐ胡坐《あぐら》をかいた。襟《えり》を正《たゞ》しく合《あは》せないので、胸毛《むなげ》が少し出《で》ゝゐる。
「まだ落《お》ち付《つ》かないだらう」と代助が聞いた。
「落ち付く所《どころ》か、此分《このぶん》ぢや生涯落ち付きさうもない」と、いそがしさうに烟草を吹かし出《だ》した。
 代助は平岡が何故《なぜ》こんな態度で自分に応接するか能く心得てゐた。決して自分に中《あた》るのぢやない、つまり世間《せけん》に中《あた》るんである、否|己《おの》れに中《あた》つてゐるんだと思つて、却つて気の毒になつた。けれども代助の様な神経には、此調子が甚だ不愉快に響いた。たゞ腹《はら》が立たない丈である。
「宅《うち》の都合は、どうだい。間取《まどり》の具合は可《よ》ささうぢやないか」
「うん、まあ、悪《わる》くつても仕方《しかた》がない。気に入つた家《うち》へ這入らうと思へば、株《かぶ》でも遣《や》るより外
前へ 次へ
全490ページ中121ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング