六の四

 平岡《ひらをか》の家《いへ》は、此十数年来の物価騰|貴《き》に伴《つ》れて、中流社会が次第々々に切《き》り詰《つ》められて行《ゆ》く有様を、住宅《じうたく》の上《うへ》に善《よ》く代表してゐる、尤も粗悪な見苦《みぐる》しき構《かま》へである。とくに代助には左様《さう》見えた。
 門《もん》と玄関の間《あひだ》が一間《いつけん》位しかない。勝手口《かつてぐち》も其通りである。さうして裏にも、横《よこ》にも同じ様な窮屈な家《いへ》が建《た》てられてゐる。東京市の貧弱なる膨脹に付《つ》け込《こ》んで、最低度の資本家が、なけなしの元手《もとで》を二割乃至三割の高利《こうり》に廻《まは》さうと目論《もくろん》で、あたぢけなく拵《こしら》へ上《あ》げた、生存競争の記念《かたみ》である。
 今日《こんにち》の東京市、ことに場末《ばすえ》の東京市には、至る所に此種《このしゆ》の家《いへ》が散点してゐる、のみならず、梅雨《つゆ》に入《い》つた蚤《のみ》の如く、日毎に、格外の増加律を以て殖えつゝある。代助はかつて、是を敗亡の発展《はつてん》と名《な》づけた。さうして、之を目下の日本を代表する
前へ 次へ
全490ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング