ん》立《た》たない内に、又手を鳴らして呼び出《だ》した。
「宅《うち》から使《つかひ》は来《き》やしなかつたかね」
「いゝえ」
代助は、
「ぢや、宜《よろ》しい」と云つた限《ぎり》であつた。門野《かどの》は物足りなさうに入口《いりぐち》に立つてゐたが、
「先生は、何《なん》ですか、御宅《おたく》へ御出《おいで》になつたんぢや無《な》かつたんですか」
「何故《なぜ》」と代助は六《む》づかしい顔をした。
「だつて、御|出掛《でかけ》になるとき、そんな御話《おはなし》でしたから」
代助は門野《かどの》を相手にするのが面倒になつた。
「宅《うち》へは行つたさ。――宅《うち》から使《つかひ》が来《こ》なければそれで、好《い》いぢやないか」
門野《かどの》は不得《ふとく》要領に、
「はあ左様《さう》ですか」と云ひ放《はな》して出て行つた。代助は、父《ちゝ》があらゆる世界に対してよりも、自分に対して、性急であるといふ事を知つてゐるので、ことによると、帰つた後《あと》から直《すぐ》使《つかひ》でも寄《よ》こしはしまいかと恐れて聞《き》き糺《たゞ》したのであつた。門野が書生部屋へ引き取つたあとで、明日《あした》は是非共三千代に逢はなければならないと決心した。
其夜代助は寐《ね》ながら、何《ど》う云ふ手段で三千代に逢はうかと云ふ問題を考へた。手紙を車夫に持たせて宅《うち》へ呼びに遣《や》れば、来《く》る事は来《く》るだらうが、既《すで》に今日《けふ》嫂《あによめ》との会談が済んだ以上は、明日《あした》にも、兄《あに》か嫂《あによめ》の為《ため》に、向ふから襲はれないとも限《かぎ》らない。又平岡のうちへ行つて逢ふ事は代助に取つて一種の苦痛があつた。代助は已を得ず、自分にも三千代にも関係のない所で逢ふより外《ほか》に道はないと思つた。
夜半から強く雨が降り出《だ》した。釣《つ》つてある蚊帳《かや》が、却つて寒く見える位な音《おと》がどう/\と家《いへ》を包《つゝ》んだ。代助は其|音《おと》の中《うち》に夜の明《あ》けるのを待《ま》つた。
十四の七
雨《あめ》は翌日《よくじつ》迄|晴《は》れなかつた。代助は湿《しめ》つぽい椽側に立《た》つて、暗《くら》い空模様《そらもやう》を眺《なが》めて、昨夕《ゆふべ》の計画を又|変《か》えた。彼《かれ》は三千代を普通の待合抔へ呼んで、話をするのが不愉快であつた。已《や》むなくんば、蒼《あを》い空《そら》の下《した》と思つてゐたが、此天気では夫《それ》も覚束なかつた。と云つて、平岡の家《いへ》へ出向《でむ》く気は始めから無《な》かつた。彼は何《ど》うしても、三千代を自分の宅《うち》へ連《つ》れて来《く》るより外《ほか》に道はないと極《き》めた。門野《かどの》が少し邪魔になるが、話《はなし》のし具合では書生部屋に洩れない様にも出来《でき》ると考へた。
午《ひる》少《すこ》し前《まへ》迄は、ぼんやり雨《あめ》を眺《なが》めてゐた。午飯《ひるめし》を済《す》ますや否や、護謨《ごむ》の合羽《かつぱ》を引き掛けて表へ出た。降《ふ》る中《なか》を神楽坂下《かぐらざかした》迄|来《き》て青山《あをやま》の宅《うち》へ電話を掛《か》けた。明日《あす》此方《こつち》から行く積《つもり》であるからと、機先《きせん》を制して置《お》いた。電話|口《ぐち》へは嫂《あによめ》が現《あらは》れた。先達《せんだつ》ての事は、まだ父《ちゝ》に話《はな》さないでゐるから、もう一遍よく考《かんが》へ直して御覧なさらないかと云はれた。代助は感謝の辞と共に号鈴《ベル》を鳴《な》らして談話を切つた。次に平岡の新聞社の番号を呼んで、彼《かれ》の出社の有無を確《たしか》めた。平岡は社《しや》に出《で》てゐると云ふ返事を得た。代助は雨《あめ》を衝《つ》いて又|坂《さか》を上《のぼ》つた。花屋《はなや》へ這入つて、大きな白百合《しろゆり》の花《はな》を沢山|買《か》つて、夫《それ》を提《さ》げて、宅《うち》へ帰《かへ》つた。花《はな》は濡《ぬ》れた儘、二《ふた》つの花瓶《くわへい》に分《わ》けて挿《さ》した。まだ余《あま》つてゐるのを、此間《このあひだ》の鉢《はち》に水《みづ》を張《は》つて置いて、茎《くき》を短かく切つて、はぱ/\放《ほう》り込んだ。それから、机に向つて、三千代へ手紙を書《か》いた。文句は極《きわ》めて短かいものであつた。たゞ至急御目に掛《かゝ》つて、御話《おはな》ししたい事があるから来《き》て呉れろと云ふ丈であつた。
代助は手を打《う》つて、門野《かどの》を呼《よ》んだ。門野《かどの》は鼻《はな》を鳴らして現《あらは》れた。手紙を受取りながら、
「大変|好《い》い香《にほひ》ですな」と云つた。代助は、
「車《くる
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