設けた御客が来《き》たので、代助は約束通りすぐ父《ちゝ》の所へ知《し》らせに行《い》つた。父《ちゝ》は、案《あん》のじよう、
「左様《さう》か」とすぐ立ち上《あ》がつた丈であつた。代助に小言《こごと》を云ふ暇《ひま》も何《なに》も無《な》かつた。代助は座敷へ引き返《かへ》して来《き》て、袴を穿《は》いて、それから応接間へ出た。客と主人とはそこで悉《ことごと》く顔を合はせた。父《ちゝ》と高木とが第一に話《はなし》を始めた。梅子は重《おも》に佐川の令嬢の相手になつた。そこへ兄《あに》が今朝《けさ》の通りの服装《なり》で、のつそりと這入つて来《き》た。
「いや、何《ど》うも遅《おそ》くなりまして」と客の方に挨拶をしたが、席に就いたとき、代助を振り返《かへ》つて、
「大分《だいぶ》早《はや》かつたね」と小《ちい》さな声を掛けた。
食堂には応接|室《しつ》の次《つぎ》の間《ま》を使つた。代助は戸《と》の開《あ》いた間《あひだ》から、白《しろ》い卓布の角《かど》の際立《きはだ》つた色《いろ》を認めて、午餐は洋食だと心づいた。梅子は一寸《ちよつと》席を立つて、次《つぎ》の入口《いりぐち》を覗《のぞ》きに行つた。それは父《ちゝ》に、食卓の準備が出来|上《あが》つた旨《むね》を知らせる為《ため》であつた。
「では何《ど》うぞ」と父《ちゝ》は立ち上《あ》がつた。高木も会釈して立ち上《あ》がつた。佐川の令嬢も叔父《おぢ》に継《つ》いで立ち上《あ》がつた。代助は其時、女の腰から下《した》の、比較的に細く長《なが》い事を発見した。食卓では、父《ちゝ》と高木が、真中《まんなか》に向き合つた。高木の右に梅子が坐つて、父《ちゝ》の左に令嬢が席を占《し》めた。女同志が向き合つた如く、誠吾と代助も向き合つた。代助は五味台《クルエツト、スタンド》を中《なか》に、少し斜《なゝめ》に反《そ》れた位地から令嬢の顔《かほ》を眺める事になつた。代助は其|頬《ほゝ》の肉と色が、著《いちぢ》るしく後《うしろ》の窓から射《さ》す光線の影響を受けて、鼻の境《さかひ》に暗過《くらす》ぎる影《かげ》を作つた様に思つた。其代り耳に接した方は、明《あき》らかに薄紅《うすくれなゐ》であつた。殊に小さい耳が、日《ひ》の光を透《とほ》してゐるかの如くデリケートに見えた。皮膚《ひふ》とは反対に、令嬢は黒い鳶色の大きな眼《め》を有したゐた。此二つの対照から華《はな》やかな特長を生ずる令嬢の顔の形は、寧ろ丸い方であつた。
十二の六
食卓《しよくたく》は、人数《にんず》が人数《にんず》だけに、左程大きくはなかつた。部屋の広《ひろ》さに比例して、寧《むし》ろ小《ち》さ過《すぎ》る位であつたが、純白《じゆんぱく》な卓布を、取り集めた花で綴《つゞ》つて、其中《そのなか》に肉刀《ナイフ》と肉匙《フオーク》の色《いろ》が冴《さ》えて輝《かゞや》いた。
卓上の談話は重《おも》に平凡な世間|話《ばなし》であつた。始《はじめ》のうちは、それさへ余《あま》り興味が乗《の》らない様に見えた。父《ちゝ》は斯《か》う云ふ場合には、よく自分の好《す》きな書画骨董の話《はなし》を持ち出《だ》すのを常《つね》としてゐた。さうして気《き》が向《む》けば、いくらでも、蔵《くら》から出《だ》して来《き》て、客《きやく》の前《まへ》に陳《なら》べたものである。父《ちゝ》の御蔭《おかげ》で、代助は多少|斯道《このみち》に好悪《こうお》を有《も》てる様になつてゐた。兄《あに》も同様の原因から、画家の名前位は心得てゐた。たゞし、此方《このほう》は掛物《かけもの》の前《まへ》に立つて、はあ仇英《きうえい》だね、はあ応挙だねと云ふ丈であつた。面白《おもしろ》い顔《かほ》もしないから、面白い様にも見えなかつた。それから真偽《しんぎ》の鑑定の為《ため》に、虫眼鏡《むしめがね》などを振《ふ》り舞《ま》はさない所は、誠吾も代助も同じ事であつた。父《ちゝ》の様に、こんな波《なみ》は昔《むかし》の人《ひと》は描《か》かないものだから、法にかなつてゐない抔といふ批評は、双方共に、未だ嘗て如何なる画に対しても加へた事はなかつた。
父《ちゝ》は乾《かは》いた会話《くわいわ》に色彩《しきさい》を添《そ》へるため、やがて好《す》きな方面の問題に触《ふ》れて見た。所が一二言《いちにげん》で、高木はさう云ふ事《こと》に丸《まる》で無頓着な男であるといふ事が分《わか》つた。父《ちゝ》は老巧の人《ひと》だから、すぐ退却した。けれども双方に安全な領分に帰ると、双方共に談話の意味を感じなかつた。父《ちゝ》は已《やむ》を得ず、高木に何《ど》んな娯楽があるかを確《たしか》めた。高木は特別に娯楽を持《も》たない由《よし》を答へた。父《ちゝ》は万事休すといふ体裁で、
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