曝露《ばくろ》したので、本人は無論解雇しなければならないが、ある事情からして、放《ほう》つて置くと、支店長に迄多少の煩《わづらひ》が及んで来《き》さうだつたから、其所《そこ》で自分が責を引いて辞職を申し出《で》た。
 平岡の語る所は、ざつと斯うであるが、代助には彼が支店長から因果を含められて、所決を促がされた様にも聞えた。それは平岡の話しの末に「会社員なんてものは、上《うへ》になればなる程|旨《うま》い事が出来《でき》るものでね。実は関《せき》なんて、あれつ許《ばかり》の金を使ひ込んで、すぐ免職になるのは気の毒な位なものさ」といふ句があつたのから推したのである。
「ぢや支店長は一番|旨《うま》い事をしてゐる訳だね」と代助が聞いた。
「或はそんなものかも知れない」と平岡は言葉を濁《にご》して仕舞つた。
「それで其男の使ひ込んだ金《かね》は何《ど》うした」
「千《せん》に足《た》らない金《かね》だつたから、僕が出して置《お》いた」
「よく有《あ》つたね。君も大分|旨《うま》い事をしたと見える」
 平岡《ひらをか》は苦《にが》い顔をして、ぢろりと代助を見た。
「旨《うま》い事《こと》をしたと仮定しても、皆《みんな》使つて仕舞つてゐる。生活《くらし》にさへ足りない位だ。其金は借《か》りたんだよ」
「さうか」と代助は落ち付き払つて受けた。代助は何《ど》んな時でも平生の調子を失はない男である。さうして其調子には低《ひく》く明《あき》らかなうちに一種の丸味《まるみ》が出てゐる。
「支店長から借《か》りて埋《う》めて置いた」
「何故《なぜ》支店長がぢかに其|関《せき》とか何とか云ふ男に貸して遣《や》らないのかな」
 平岡《ひらをか》は何とも答へなかつた。代助も押しては聞かなかつた。二人《ふたり》は無言の儘しばらくの間《あひだ》並《なら》んで歩《ある》いて行つた。

       二の五

 代助は平岡《ひらをか》が語《かた》つたより外《ほか》に、まだ何《なに》かあるに違《ちがひ》ないと鑑定した。けれども彼はもう一歩進んで飽迄其真相を研究する程の権利を有《も》つてゐないことを自覚してゐる。又そんな好奇心を引き起すには、実際あまり都会化し過ぎてゐた。二十世紀の日本に生息する彼は、三十になるか、ならないのに既に nil《ニル》 admirari《アドミラリ》 の域に達して仕舞つた。彼の思
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