な筋《すぢ》に富《と》んでゐるので、楽《らく》に見物が出来ないと書《か》いてあつた。代助は其時《そのとき》、役者の立場《たちば》から考へて、何《なに》もそんな人《ひと》に見て貰ふ必要はあるまいと思つた。作者に云ふべき小言《こごと》を、役者の方へ持つてくるのは、近松の作を知るために、越路の浄瑠理が聴きたいと云ふ愚物と同じ事だと云つて門野《かどの》に話した。門野は依然として、左様《そん》なもんでせうかなと云つてゐた。
 小供のうちから日本在来の芝居を見慣れた代助は、無論梅子と同じ様に、単純なる芸術の鑑賞家であつた。さうして舞台に於ける芸術の意味を、役者の手腕《しゆわん》に就てのみ用ひべきものと狭義に解釈してゐた。だから梅子とは大いに話《はなし》が合《あ》つた。時々《とき/″\》顔《かほ》を見合《みあは》して、黒人《くらうと》の様な批評を加へて、互に感心してゐた。けれども、大体に於て、舞台にはもう厭《あき》が来《き》てゐた。幕《まく》の途中《とちう》でも、双眼鏡で、彼方《あつち》を見たり、此方《こつち》を見たりしてゐた。双眼鏡の向《むか》ふ所には芸者が沢山ゐた。そのあるものは、先方《むかふ》でも眼鏡《めがね》の先《さき》を此方《こつち》へ向けてゐた。
 代助の右隣《みぎどなり》には自分と同年輩の男が丸髷に結《いつ》た美くしい細君を連れて来《き》てゐた。代助は其細君の横顔を見て、自分の近付《ちかづき》のある芸者によく似てゐると思つた。左隣《ひだりどなり》には男|連《づれ》が四人許《よつたりばかり》ゐた。さうして、それが、悉《ことごと》く博士であつた。代助は其顔を一々覚えてゐた。其又|隣《となり》に、広《ひろ》い所を、たつた二人《ふたり》で専《せん》領してゐるものがあつた。その一人《ひとり》は、兄《あに》と同じ位な年恰好《としかつこう》で、正《たゞ》しい洋服を着《き》てゐた。さうして金縁《きんぶち》の眼鏡《めがね》を掛けて、物を見《み》るときには、顎《あご》を前《まへ》へ出《だ》して、心持《こゝろもち》仰向《あほむ》く癖《くせ》があつた。代助は此《この》男を見たとき、何所《どこ》か見覚《みおぼえ》のある様な気がした。が、ついに思ひ出《だ》さうと力《つと》めても見なかつた。其|伴侶《つれ》は若《わか》い女であつた。代助はまだ廿《はたち》になるまいと判定した。羽織を着《き》ないで
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