「そら来《き》た。ね。だから一所に連《つ》れて行《い》つて御貰《おもらひ》よ」と梅子に話しかけた。代助には何の意味だか固より分《わか》らなかつた。すると、梅子が代助の方に向き直つた。
「代さん、今日《けふ》貴方《あなた》、無論|暇《ひま》でせう」と云つた。
「えゝ、まあ暇《ひま》です」と代助は答へた。
「ぢや、一所に歌舞伎座へ行《い》つて頂戴」
代助は嫂《あによめ》の此言葉を聞いて、頭《あたま》の中《なか》に、忽ち一種の滑稽を感じた。けれども今日《けふ》は平常《いつも》の様に、嫂《あによめ》に調戯《からか》ふ勇気がなかつた。面倒だから、平気な顔《かほ》をして、
「えゝ宜《よろ》しい、行《い》きませう」と機嫌《きげん》よく答へた。すると梅子は、
「だつて、貴方《あなた》は、最早《もう》、一遍|観《み》たつて云ふんぢやありませんか」と聞《き》き返した。
「一遍だらうが、二遍だらうが、些《ちつ》とも構《かま》はない。行《い》きませう」と代助は梅子を見て微笑した。
「貴方《あなた》も余っ程道楽ものね」と梅子が評した。代助は益滑稽を感《かん》じた。
兄《あに》は用があると云つて、すぐ出《で》て行《い》つた。四時頃用が済《す》んだら芝居の方へ回る約束なんださうである。それ迄自分と縫子丈で見てゐたら好《よ》ささうなものだが、梅子は夫《それ》が厭《いや》だと云つた。そんなら直木を連れて行《い》けと兄《あに》から注意された時、直木は紺絣《こんがすり》を着《き》て、袴《はかま》を穿《は》いて、六づかしく坐《すは》つてゐて不可《いけ》ないと答へた。夫《それ》で仕方がないから代助を迎ひに遣《や》つたのだ、と、是は兄《あに》が出掛《でがけ》の説明であつた。代助は少々理窟に合はないと思つたが、たゞ、左様《さう》ですかと答へた。さうして、嫂《あによめ》は幕《まく》の相間《あひま》に話《はな》し相手が欲《ほし》いのと、夫《それ》からいざと云ふ時《とき》に、色々《いろ/\》用を云ひ付けたいものだから、わざ/\自分を呼び寄《よ》せたに違ないと解釈した。
梅子と縫子は長い時間を御|化《け》粧に費やした。代助は懇よく御化粧の監督者になつて、両人《ふたり》の傍《そば》に附《つ》いてゐた。さうして時々は、面白|半分《はんぶん》の冷《ひや》かしも云つた。縫子からは叔父《おぢ》さん随分だわを二三度繰り返《か
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