》と解釈して、却つて不愉快な感に打たれたかも知れないのである
代助は晩食《ばんめし》も食《く》はずに、すぐ又|表《おもて》へ出た。五軒町から江戸川の縁《へり》を伝《つた》つて、河《かは》を向《むかふ》へ越した時は、先刻《さつき》散歩からの帰りの様に精神の困憊を感じてゐなかつた。坂を上《のぼ》つて伝通院の横へ出《で》ると、細く高い烟突が、寺《てら》と寺《てら》の間《あひだ》から、汚《きた》ない烟《けむ》を、雲《くも》の多い空《そら》に吐《は》いてゐた。代助はそれを見《み》て、貧弱な工業が、生存の為《ため》に無理に吐《つ》く呼吸《いき》を見苦《みぐる》しいものと思つた。さうして其|近《ちか》くに住《す》む平岡と、此烟突とを暗々《あん/\》の裏《うち》に連想せずにはゐられなかつた。斯《か》う云ふ場合には、同情の念より美醜の念が先《さき》に立つのが、代助の常《つね》であつた。代助は此瞬間に、三千代の事を殆んど忘れて仕舞つた位、空《そら》に散《ち》る憐れな石炭の烟《けむり》に刺激された。
平岡《ひらをか》の玄関の沓脱《くつぬぎ》には女の穿《は》く重《かさ》ね草履が脱《ぬ》ぎ棄てゝあつた。格子を開《あ》けると、奥の方から三千代が裾《すそ》を鳴《な》らして出《で》て来《き》た。其時|上《あが》り口《ぐち》の二畳《にじやう》は殆《ほと》んど暗《くら》かつた。三千代《みちよ》は其|暗《くら》い中《なか》に坐《すは》つて挨拶をした。始めは誰《だれ》が来《き》たのか、よく分《わか》らなかつたらしかつたが、代助の声《こえ》を聞《き》くや否や、何方《どなた》かと思つたら……と寧ろ低い声で云つた。代助は判然《はつきり》見えない三千代の姿を、常よりは美《うつく》しく眺めた。
八の四
平岡《ひらをか》は不在《ふざい》であつた。それを聞《き》いた時、代助は話《はな》してゐ易《やす》い様な、又|話《はな》してゐ悪《にく》い様な変な気がした。けれども三千代の方は常《つね》の通り落ち付《つ》いてゐた。洋燈《ランプ》も点《つ》けないで、暗《くら》い室《へや》を閉《た》て切つた儘|二人《ふたり》で坐《すは》つてゐた。三千代は下女も留守だと云つた。自分も先刻《さつき》其所《そこ》迄用|達《たし》に出《で》て、今帰つて夕食《ゆふめし》を済ました許りだと云つた。やがて平岡の話が出《で》た。
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