尋ねたり、叔父《おじ》や叔母《おば》の様子を問いなどした。そうして最後にこういった。
「みんな善《い》い人ですか」
「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大抵|田舎者《いなかもの》ですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」
私はこの追窮《ついきゅう》に苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚《しんせき》なぞの中《うち》に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型《いかた》に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
先生のいう事は、ここで切れる様子もなかった。私はまたここで何かいおうとした。すると後《うし》ろの方で犬が急に吠《ほ》え出した。先生も私も驚いて後ろを振り返った。
縁台の横から後部へ掛けて植え付けてある
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