、父は笑って応じなかった。
二十三
私《わたくし》は退屈な父の相手としてよく将碁盤《しょうぎばん》に向かった。二人とも無精な性質《たち》なので、炬燵《こたつ》にあたったまま、盤を櫓《やぐら》の上へ載《の》せて、駒《こま》を動かすたびに、わざわざ手を掛蒲団《かけぶとん》の下から出すような事をした。時々|持駒《もちごま》を失《な》くして、次の勝負の来るまで双方とも知らずにいたりした。それを母が灰の中から見付《みつ》け出して、火箸《ひばし》で挟《はさ》み上げるという滑稽《こっけい》もあった。
「碁《ご》だと盤が高過ぎる上に、足が着いているから、炬燵の上では打てないが、そこへ来ると将碁盤は好《い》いね、こうして楽に差せるから。無精者には持って来いだ。もう一番やろう」
父は勝った時は必ずもう一番やろうといった。そのくせ負けた時にも、もう一番やろうといった。要するに、勝っても負けても、炬燵にあたって、将碁を差したがる男であった。始めのうちは珍しいので、この隠居《いんきょ》じみた娯楽が私にも相当の興味を与えたが、少し時日が経《た》つに伴《つ》れて、若い私の気力はそのくらいな刺戟《し
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