衣服の洗《あら》い張《は》りや仕立《した》て方《かた》などを奥さんに頼んだ。それまで繻絆《じゅばん》というものを着た事のない私が、シャツの上に黒い襟のかかったものを重ねるようになったのはこの時からであった。子供のない奥さんは、そういう世話を焼くのがかえって退屈凌《たいくつしの》ぎになって、結句《けっく》身体《からだ》の薬だぐらいの事をいっていた。
「こりゃ手織《てお》りね。こんな地《じ》の好《い》い着物は今まで縫った事がないわ。その代り縫い悪《にく》いのよそりゃあ。まるで針が立たないんですもの。お蔭《かげ》で針を二本折りましたわ」
こんな苦情をいう時ですら、奥さんは別に面倒《めんどう》くさいという顔をしなかった。
二十一
冬が来た時、私《わたくし》は偶然国へ帰らなければならない事になった。私の母から受け取った手紙の中に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できるなら都合して帰って来てくれと頼むように付け足してあった。
父はかねてから腎臓《じんぞう》を病んでいた。中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病《やまい》は慢性
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