なたに聞いた時に、あなたはおっしゃった事がありますね。元はああじゃなかったんだって」
「ええいいました。実際あんなじゃなかったんですもの」
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」
「それがどうして急に変化なすったんですか」
「急にじゃありません、段々ああなって来たのよ」
「奥さんはその間《あいだ》始終先生といっしょにいらしったんでしょう」
「無論いましたわ。夫婦ですもの」
「じゃ先生がそう変って行かれる源因《げんいん》がちゃんと解《わか》るべきはずですがね」
「それだから困るのよ。あなたからそういわれると実に辛《つら》いんですが、私にはどう考えても、考えようがないんですもの。私は今まで何遍《なんべん》あの人に、どうぞ打ち明けて下さいって頼んで見たか分りゃしません」
「先生は何とおっしゃるんですか」
「何にもいう事はない、何にも心配する事はない、おれはこういう性質になったんだからというだけで、取り合ってくれないんです」
私は黙っていた。奥さんも言葉を途切《とぎ》らした。下女部屋《げじょべや》にいる下女はことりとも音をさせなか
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