思いました。同時にもうどうする事もできないのだと思いました。座敷の中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。檻《おり》の中へ入れられた熊《くま》のような態度で。
 私は時々奥へ行って奥さんを起そうという気になります。けれども女にこの恐ろしい有様を見せては悪いという心持がすぐ私を遮《さえぎ》ります。奥さんはとにかく、お嬢さんを驚かす事は、とてもできないという強い意志が私を抑《おさ》えつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。
 私はその間に自分の室の洋燈《ランプ》を点《つ》けました。それから時計を折々見ました。その時の時計ほど埒《らち》の明《あ》かない遅いものはありませんでした。私の起きた時間は、正確に分らないのですけれども、もう夜明《よあけ》に間《ま》もなかった事だけは明らかです。ぐるぐる廻《まわ》りながら、その夜明を待ち焦《こが》れた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。
 我々は七時前に起きる習慣でした。学校は八時に始まる事が多いので、それでないと授業に間に合わないのです。下女《げじょ》はその関係で六時頃に起きる訳になっていました。しかしその日
前へ 次へ
全371ページ中344ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング