のです。結婚する前から恋人の信用を失うのは、たとい一|分《ぶ》一|厘《りん》でも、私には堪え切れない不幸のように見えました。
 要するに私は正直な路《みち》を歩くつもりで、つい足を滑らした馬鹿ものでした。もしくは狡猾《こうかつ》な男でした。そうしてそこに気のついているものは、今のところただ天と私の心だけだったのです。しかし立ち直って、もう一歩前へ踏み出そうとするには、今滑った事をぜひとも周囲の人に知られなければならない窮境《きゅうきょう》に陥《おちい》ったのです。私はあくまで滑った事を隠したがりました。同時に、どうしても前へ出ずにはいられなかったのです。私はこの間に挟《はさ》まってまた立《た》ち竦《すく》みました。
 五、六日|経《た》った後《のち》、奥さんは突然私に向って、Kにあの事を話したかと聞くのです。私はまだ話さないと答えました。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を詰《なじ》るのです。私はこの問いの前に固くなりました。その時奥さんが私を驚かした言葉を、私は今でも忘れずに覚えています。
「道理で妾《わたし》が話したら変な顔をしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生
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