は決心していたのです。恥を掻《か》かせられるのが辛《つら》いなどというのとは少し訳が違います。こっちでいくら思っても、向うが内心|他《ほか》の人に愛の眼《まなこ》を注《そそ》いでいるならば、私はそんな女といっしょになるのは厭なのです。世の中では否応《いやおう》なしに自分の好いた女を嫁に貰《もら》って嬉《うれ》しがっている人もありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ愛の心理がよく呑《の》み込めない鈍物《どんぶつ》のする事と、当時の私は考えていたのです。一度貰ってしまえばどうかこうか落ち付くものだぐらいの哲理では、承知する事ができないくらい私は熱していました。つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時にもっとも迂遠《うえん》な愛の実際家だったのです。
 肝心《かんじん》のお嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長くいっしょにいるうちには時々出て来たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありました。しかし決してそればかりが私を束縛したとはいえません。日本人、ことに日
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