誰《だれ》の話し声も聞こえないうちに、初冬《はつふゆ》の寒さと佗《わ》びしさとが、私の身体《からだ》に食い込むような感じがしました。私はすぐ書物を伏せて立ち上りました。私はふと賑《にぎ》やかな所へ行きたくなったのです。雨はやっと歇《あが》ったようですが、空はまだ冷たい鉛のように重く見えたので、私は用心のため、蛇《じゃ》の目《め》を肩に担《かつ》いで、砲兵《ほうへい》工廠《こうしょう》の裏手の土塀《どべい》について東へ坂を下《お》りました。その時分はまだ道路の改正ができない頃《ころ》なので、坂の勾配《こうばい》が今よりもずっと急でした。道幅も狭くて、ああ真直《まっすぐ》ではなかったのです。その上あの谷へ下りると、南が高い建物で塞《ふさ》がっているのと、放水《みずはき》がよくないのとで、往来はどろどろでした。ことに細い石橋を渡って柳町《やなぎちょう》の通りへ出る間が非道《ひど》かったのです。足駄《あしだ》でも長靴でもむやみに歩く訳にはゆきません。誰でも路《みち》の真中に自然と細長く泥が掻《か》き分けられた所を、後生《ごしょう》大事《だいじ》に辿《たど》って行かなければならないのです。その幅
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