な」と答えた。しかし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅《うるさ》いもののように考えていた。
「一人|貰《もら》ってやろうか」と先生がいった。
「貰《もらい》ッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経《た》ったってできっこないよ」と先生がいった。
奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。
九
私《わたくし》の知る限り先生と奥さんとは、仲の好《い》い夫婦の一対《いっつい》であった。家庭の一員として暮した事のない私のことだから、深い消息は無論|解《わか》らなかったけれども、座敷で私と対坐《たいざ》している時、先生は何かのついでに、下女《げじょ》を呼ばないで、奥さんを呼ぶ事があった。(奥さんの名は静《しず》といった)。先生は「おい静」といつでも襖《ふすま》の方を振り向いた。その呼びかたが私には優《やさ》しく聞こえた。返事をして出て来る奥さんの様子も甚《はなは》だ素直であった。ときたまご馳走《ちそう》になって、奥さんが席へ現われる場合などには、この
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