ほど淋《さむ》しいものはありません。そんならなぜあなたはそうたびたび私の宅《うち》へ来るのですか」
ここでもこの間の言葉がまた先生の口から繰り返された。
「あなたは私に会ってもおそらくまだ淋《さび》しい気がどこかでしているでしょう。私にはあなたのためにその淋しさを根元《ねもと》から引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたは外《ほか》の方を向いて今に手を広げなければならなくなります。今に私の宅の方へは足が向かなくなります」
先生はこういって淋しい笑い方をした。
八
幸《さいわ》いにして先生の予言は実現されずに済んだ。経験のない当時の私《わたくし》は、この予言の中《うち》に含まれている明白な意義さえ了解し得なかった。私は依然として先生に会いに行った。その内《うち》いつの間にか先生の食卓で飯《めし》を食うようになった。自然の結果奥さんとも口を利《き》かなければならないようになった。
普通の人間として私は女に対して冷淡ではなかった。けれども年の若い私の今まで経過して来た境遇からいって、私はほとんど交際らしい交際を女に結んだ事がなかった。それが源因《げんいん》かどうか
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