た。父は首肯《うなず》いた。父ははっきり「有難う」といった。父の精神は存外|朦朧《もうろう》としていなかった。
 私はまた病室を退《しりぞ》いて自分の部屋に帰った。そこで時計を見ながら、汽車の発着表を調べた。私は突然立って帯を締め直して、袂《たもと》の中へ先生の手紙を投げ込んだ。それから勝手口から表へ出た。私は夢中で医者の家へ馳《か》け込んだ。私は医者から父がもう二《に》、三日《さんち》保《も》つだろうか、そこのところを判然《はっきり》聞こうとした。注射でも何でもして、保たしてくれと頼もうとした。医者は生憎《あいにく》留守であった。私には凝《じっ》として彼の帰るのを待ち受ける時間がなかった。心の落《お》ち付《つ》きもなかった。私はすぐ俥《くるま》を停車場《ステーション》へ急がせた。
 私は停車場の壁へ紙片《かみぎれ》を宛《あ》てがって、その上から鉛筆で母と兄あてで手紙を書いた。手紙はごく簡単なものであったが、断らないで走るよりまだ増しだろうと思って、それを急いで宅《うち》へ届けるように車夫《しゃふ》に頼んだ。そうして思い切った勢《いきお》いで東京行きの汽車に飛び乗ってしまった。私はごう
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