|遍《ぺん》半夜《よなか》に床を抜け出して、念のため父の枕元《まくらもと》まで行ってみた事があった。その夜《よ》は母が起きている番に当っていた。しかしその母は父の横に肱《ひじ》を曲げて枕としたなり寝入っていた。父も深い眠りの裏《うち》にそっと置かれた人のように静かにしていた。私は忍び足でまた自分の寝床へ帰った。
私は兄といっしょの蚊帳《かや》の中に寝た。妹《いもと》の夫だけは、客扱いを受けているせいか、独り離れた座敷に入《い》って休んだ。
「関《せき》さんも気の毒だね。ああ幾日も引っ張られて帰れなくっちゃあ」
関というのはその人の苗字《みょうじ》であった。
「しかしそんな忙しい身体《からだ》でもないんだから、ああして泊っていてくれるんでしょう。関さんよりも兄さんの方が困るでしょう、こう長くなっちゃ」
「困っても仕方がない。外《ほか》の事と違うからな」
兄と床《とこ》を並べて寝る私は、こんな寝物語をした。兄の頭にも私の胸にも、父はどうせ助からないという考えがあった。どうせ助からないものならばという考えもあった。我々は子として親の死ぬのを待っているようなものであった。しかし子としての
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