返事をくれそうになかったから)。私は淋《さび》しかった。それで手紙を書くのであった。そうして返事が来れば好《い》いと思うのであった。
六
八月の半《なか》ばごろになって、私《わたくし》はある朋友《ほうゆう》から手紙を受け取った。その中に地方の中学教員の口があるが行かないかと書いてあった。この朋友は経済の必要上、自分でそんな位地を探し廻《まわ》る男であった。この口も始めは自分の所へかかって来たのだが、もっと好《い》い地方へ相談ができたので、余った方を私に譲る気で、わざわざ知らせて来てくれたのであった。私はすぐ返事を出して断った。知り合いの中には、ずいぶん骨を折って、教師の職にありつきたがっているものがあるから、その方へ廻《まわ》してやったら好《よ》かろうと書いた。
私は返事を出した後で、父と母にその話をした。二人とも私の断った事に異存はないようであった。
「そんな所へ行かないでも、まだ好《い》い口があるだろう」
こういってくれる裏に、私は二人が私に対してもっている過分な希望を読んだ。迂闊《うかつ》な父や母は、不相当な地位と収入とを卒業したての私から期待しているらしかっ
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