とは大分《だいぶ》趣が違っていますかね」と聞かれた事を思い出した。私は自分の生れたこの古い家を、先生に見せたくもあった。また先生に見せるのが恥ずかしくもあった。
私はまた一人家のなかへはいった。自分の机の置いてある所へ来て、新聞を読みながら、遠い東京の有様を想像した。私の想像は日本一の大きな都が、どんなに暗いなかでどんなに動いているだろうかの画面に集められた。私はその黒いなりに動かなければ仕末のつかなくなった都会の、不安でざわざわしているなかに、一点の燈火のごとくに先生の家を見た。私はその時この燈火が音のしない渦《うず》の中に、自然と捲《ま》き込まれている事に気が付かなかった。しばらくすれば、その灯《ひ》もまたふっと消えてしまうべき運命を、眼《め》の前に控えているのだとは固《もと》より気が付かなかった。
私は今度の事件について先生に手紙を書こうかと思って、筆を執《と》りかけた。私はそれを十行ばかり書いて已《や》めた。書いた所は寸々《すんずん》に引き裂いて屑籠《くずかご》へ投げ込んだ。(先生に宛《あ》ててそういう事を書いても仕方がないとも思ったし、前例に徴《ちょう》してみると、とても
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