以前のように、軽々と動く間は、もう少し慎《つつし》んでくれたらと心配した。父が凝《じっ》と坐《すわ》り込むようになると、やはり元の方が達者だったのだという気が起った。私は父の健康についてよく母と話し合った。
「まったく気のせいだよ」と母がいった。母の頭は陛下の病《やまい》と父の病とを結び付けて考えていた。私にはそうばかりとも思えなかった。
「気じゃない。本当に身体《からだ》が悪かないんでしょうか。どうも気分より健康の方が悪くなって行くらしい」
 私はこういって、心のうちでまた遠くから相当の医者でも呼んで、一つ見せようかしらと思案した。
「今年の夏はお前も詰《つま》らなかろう。せっかく卒業したのに、お祝いもして上げる事ができず、お父さんの身体《からだ》もあの通りだし。それに天子様のご病気で。――いっその事、帰るすぐにお客でも呼ぶ方が好かったんだよ」
 私が帰ったのは七月の五、六日で、父や母が私の卒業を祝うために客を呼ぼうといいだしたのは、それから一週間|後《ご》であった。そうしていよいよと極《き》めた日はそれからまた一週間の余も先になっていた。時間に束縛を許さない悠長な田舎《いなか》に帰
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