から続いているようなその声は、急に八釜《やかま》しく耳の底を掻《か》き乱した。私は凝《じっ》とそれを聞きながら、時に悲しい思いを胸に抱《いだ》いた。
私は筆を執《と》って友達のだれかれに短い端書《はがき》または長い手紙を書いた。その友達のあるものは東京に残っていた。あるものは遠い故郷に帰っていた。返事の来るのも、音信《たより》の届かないのもあった。私は固《もと》より先生を忘れなかった。原稿紙へ細字《さいじ》で三枚ばかり国へ帰ってから以後の自分というようなものを題目にして書き綴《つづ》ったのを送る事にした。私はそれを封じる時、先生ははたしてまだ東京にいるだろうかと疑《うたぐ》った。先生が奥さんといっしょに宅《うち》を空《あ》ける場合には、五十|恰好《がっこう》の切下《きりさげ》の女の人がどこからか来て、留守番をするのが例になっていた。私がかつて先生にあの人は何ですかと尋ねたら、先生は何と見えますかと聞き返した。私はその人を先生の親類と思い違えていた。先生は「私には親類はありませんよ」と答えた。先生の郷里にいる続きあいの人々と、先生は一向《いっこう》音信の取《と》り遣《や》りをしていなか
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