そう理屈をいわれると困る」
 父は苦い顔をした。
「何もお前のためにするんじゃないとお父さんがおっしゃるんじゃないけれども、お前だって世間への義理ぐらいは知っているだろう」
 母はこうなると女だけにしどろもどろな事をいった。その代り口数からいうと、父と私を二人寄せてもなかなか敵《かな》うどころではなかった。
「学問をさせると人間がとかく理屈っぽくなっていけない」
 父はただこれだけしかいわなかった。しかし私はこの簡単な一句のうちに、父が平生《へいぜい》から私に対してもっている不平の全体を見た。私はその時自分の言葉使いの角張《かどば》ったところに気が付かずに、父の不平の方ばかりを無理のように思った。
 父はその夜《よ》また気を更《か》えて、客を呼ぶなら何日《いつ》にするかと私の都合を聞いた。都合の好《い》いも悪いもなしにただぶらぶら古い家の中に寝起《ねお》きしている私に、こんな問いを掛けるのは、父の方が折れて出たのと同じ事であった。私はこの穏やかな父の前に拘泥《こだわ》らない頭を下げた。私は父と相談の上|招待《しょうだい》の日取りを極《き》めた。
 その日取りのまだ来ないうちに、ある大き
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