して、髭《ひげ》を剃《そ》った父の様子と態度とを思い出した。「もう大丈夫、お母さんがあんまり仰山《ぎょうさん》過ぎるからいけないんだ」といったその時の言葉を考えてみると、満更《まんざら》母ばかり責める気にもなれなかった。「しかし傍《はた》でも少しは注意しなくっちゃ」といおうとした私は、とうとう遠慮して何にも口へ出さなかった。ただ父の病《やまい》の性質について、私の知る限りを教えるように話して聞かせた。しかしその大部分は先生と先生の奥さんから得た材料に過ぎなかった。母は別に感動した様子も見せなかった。ただ「へえ、やっぱり同《おんな》じ病気でね。お気の毒だね。いくつでお亡くなりかえ、その方《かた》は」などと聞いた。
 私は仕方がないから、母をそのままにしておいて直接父に向かった。父は私の注意を母よりは真面目《まじめ》に聞いてくれた。「もっともだ。お前のいう通りだ。けれども、己《おれ》の身体《からだ》は必竟《ひっきょう》己の身体で、その己の身体についての養生法は、多年の経験上、己が一番|能《よ》く心得ているはずだからね」といった。それを聞いた母は苦笑した。「それご覧な」といった。
「でも、あ
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