二
私《わたくし》は母を蔭《かげ》へ呼んで父の病状を尋ねた。
「お父さんはあんなに元気そうに庭へ出たり何かしているが、あれでいいんですか」
「もう何ともないようだよ。大方《おおかた》好くおなりなんだろう」
母は案外平気であった。都会から懸《か》け隔たった森や田の中に住んでいる女の常として、母はこういう事に掛けてはまるで無知識であった。それにしてもこの前父が卒倒した時には、あれほど驚いて、あんなに心配したものを、と私は心のうちで独り異《い》な感じを抱《いだ》いた。
「でも医者はあの時|到底《とても》むずかしいって宣告したじゃありませんか」
「だから人間の身体《からだ》ほど不思議なものはないと思うんだよ。あれほどお医者が手重《ておも》くいったものが、今までしゃんしゃんしているんだからね。お母さんも始めのうちは心配して、なるべく動かさないようにと思ってたんだがね。それ、あの気性だろう。養生はしなさるけれども、強情《ごうじょう》でねえ。自分が好《い》いと思い込んだら、なかなか私《わたし》のいう事なんか、聞きそうにもなさらないんだからね」
私はこの前帰った時、無理に床《とこ》を上げさ
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