《わか》っていてくれさえすれば、……」
 私は父からその後《あと》を聞こうとした。父は話したくなさそうであったが、とうとうこういった。
「つまり、おれが結構という事になるのさ。おれはお前の知ってる通りの病気だろう。去年の冬お前に会った時、ことによるともう三月《みつき》か四月《よつき》ぐらいなものだろうと思っていたのさ。それがどういう仕合《しあわ》せか、今日までこうしている。起居《たちい》に不自由なくこうしている。そこへお前が卒業してくれた。だから嬉《うれ》しいのさ。せっかく丹精《たんせい》した息子が、自分のいなくなった後《あと》で卒業してくれるよりも、丈夫なうちに学校を出てくれる方が親の身になれば嬉《うれ》しいだろうじゃないか。大きな考えをもっているお前から見たら、高《たか》が大学を卒業したぐらいで、結構だ結構だといわれるのは余り面白くもないだろう。しかしおれの方から見てご覧、立場が少し違っているよ。つまり卒業はお前に取ってより、このおれに取って結構なんだ。解ったかい」
 私は一言《いちごん》もなかった。詫《あや》まる以上に恐縮して俯向《うつむ》いていた。父は平気なうちに自分の死を覚悟
前へ 次へ
全371ページ中117ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング