わらぼう》の後ろへ、日除《ひよけ》のために括《くく》り付けた薄汚《うすぎた》ないハンケチをひらひらさせながら、井戸のある裏手の方へ廻《まわ》って行った。
 学校を卒業するのを普通の人間として当然のように考えていた私《わたくし》は、それを予期以上に喜んでくれる父の前に恐縮した。
「卒業ができてまあ結構だ」
 父はこの言葉を何遍《なんべん》も繰り返した。私は心のうちでこの父の喜びと、卒業式のあった晩先生の家《うち》の食卓で、「お目出とう」といわれた時の先生の顔付《かおつき》とを比較した。私には口で祝ってくれながら、腹の底でけなしている先生の方が、それほどにもないものを珍しそうに嬉《うれ》しがる父よりも、かえって高尚に見えた。私はしまいに父の無知から出る田舎臭《いなかくさ》いところに不快を感じ出した。
「大学ぐらい卒業したって、それほど結構でもありません。卒業するものは毎年何百人だってあります」
 私はついにこんな口の利《き》きようをした。すると父が変な顔をした。
「何も卒業したから結構とばかりいうんじゃない。そりゃ卒業は結構に違いないが、おれのいうのはもう少し意味があるんだ。それがお前に解
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