濯したての真白《まっしろ》なものに限られていた。
「カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いるくらいなら、一層《いっそ》始《はじ》めから色の着いたものを使うが好《い》い。白ければ純白でなくっちゃ」
こういわれてみると、なるほど先生は潔癖であった。書斎なども実に整然《きちり》と片付いていた。無頓着《むとんじゃく》な私には、先生のそういう特色が折々著しく眼に留まった。
「先生は癇性《かんしょう》ですね」とかつて奥さんに告げた時、奥さんは「でも着物などは、それほど気にしないようですよ」と答えた事があった。それを傍《そば》に聞いていた先生は、「本当をいうと、私は精神的に癇性なんです。それで始終苦しいんです。考えると実に馬鹿馬鹿《ばかばか》しい性分《しょうぶん》だ」といって笑った。精神的に癇性という意味は、俗にいう神経質という意味か、または倫理的に潔癖だという意味か、私には解《わか》らなかった。奥さんにも能《よ》く通じないらしかった。
その晩私は先生と向い合せに、例の白い卓布《たくふ》の前に坐《すわ》った。奥さんは二人を左右に置いて、独《ひと》り庭の方を正面にして席を占めた。
「お目出とう」と
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