れるものを取り逃さないようにする方が好かろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずにそっとしておく事にしました。
こういってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした心の経過には、潮《しお》の満干《みちひ》と同じように、色々の高低《たかびく》があったのです。私はKの動かない様子を見て、それにさまざまの意味を付け加えました。奥さんとお嬢さんの言語動作を観察して、二人の心がはたしてそこに現われている通りなのだろうかと疑《うたが》ってもみました。そうして人間の胸の中に装置された複雑な器械が、時計の針のように、明瞭《めいりょう》に偽《いつわ》りなく、盤上《ばんじょう》の数字を指し得《う》るものだろうかと考えました。要するに私は同じ事をこうも取り、ああも取りした揚句《あげく》、漸《ようや》くここに落ち付いたものと思って下さい。更にむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉は、この際決して使われた義理でなかったのかも知れません。
その内《うち》学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ日には連れ立って宅《うち》を出ます。都合がよければ帰る時にもやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがないように親しくなったのです。けれども腹の中では、各自《てんでん》に各自《てんでん》の事を勝手に考えていたに違いありません。ある日私は突然往来でKに肉薄しました。私が第一に聞いたのは、この間の自白が私だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかの点にあったのです。私のこれから取るべき態度は、この問いに対する彼の答え次第で極《き》めなければならないと、私は思ったのです。すると彼は外《ほか》の人にはまだ誰《だれ》にも打ち明けていないと明言しました。私は事情が自分の推察通りだったので、内心|嬉《うれ》しがりました。私はKの私より横着なのをよく知っていました。彼の度胸にも敵《かな》わないという自覚があったのです。けれども一方ではまた妙に彼を信じていました。学資の事で養家《ようか》を三年も欺《あざむ》いていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少しも損われていなかったのです。私はそれがためにかえって彼を信じ出したくらいです。だからいくら疑い深い私でも、明白な彼の答えを腹の中で否定する気は起りようがなかったのです。
私はまた彼に向って、彼の恋をどう取り扱うつ
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