はKの答えがありません。その代り五、六分経ったと思う頃に、押入《おしいれ》をがらりと開けて、床《とこ》を延べる音が手に取るように聞こえました。私はもう何時《なんじ》かとまた尋ねました。Kは一時二十分だと答えました。やがて洋燈《ランプ》をふっと吹き消す音がして、家中《うちじゅう》が真暗なうちに、しんと静まりました。
しかし私の眼はその暗いなかでいよいよ冴《さ》えて来るばかりです。私はまた半ば無意識な状態で、おいとKに声を掛けました。Kも以前と同じような調子で、おいと答えました。私は今朝《けさ》彼から聞いた事について、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました。私は無論|襖越《ふすまごし》にそんな談話を交換する気はなかったのですが、Kの返答だけは即坐に得られる事と考えたのです。ところがKは先刻《さっき》から二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような素直《すなお》な調子で、今度は応じません。そうだなあと低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました。
三十九
「Kの生返事《なまへんじ》は翌日《よくじつ》になっても、その翌日になっても、彼の態度によく現われていました。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする気色《けしき》を決して見せませんでした。もっとも機会もなかったのです。奥さんとお嬢さんが揃《そろ》って一日|宅《うち》を空《あ》けでもしなければ、二人はゆっくり落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから。私《わたくし》はそれをよく心得ていました。心得ていながら、変にいらいらし出すのです。その結果始めは向うから来るのを待つつもりで、暗《あん》に用意をしていた私が、折があったらこっちで口を切ろうと決心するようになったのです。
同時に私は黙って家《うち》のものの様子を観察して見ました。しかし奥さんの態度にもお嬢さんの素振《そぶり》にも、別に平生《へいぜい》と変った点はありませんでした。Kの自白以前と自白以後とで、彼らの挙動にこれという差違が生じないならば、彼の自白は単に私だけに限られた自白で、肝心《かんじん》の本人にも、またその監督者たる奥さんにも、まだ通じていないのは慥《たし》かでした。そう考えた時私は少し安心しました。それで無理に機会を拵《こしら》えて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてく
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