が先へ帰るはずになっていました。私は戻って来ると、そのつもりで玄関の格子《こうし》をがらりと開けたのです。するといないと思っていたKの声がひょいと聞こえました。同時にお嬢さんの笑い声が私の耳に響きました。私はいつものように手数《てかず》のかかる靴を穿《は》いていないから、すぐ玄関に上がって仕切《しきり》の襖《ふすま》を開けました。私は例の通り机の前に坐《すわ》っているKを見ました。しかしお嬢さんはもうそこにはいなかったのです。私はあたかもKの室《へや》から逃《のが》れ出るように去るその後姿《うしろすがた》をちらりと認めただけでした。私はKにどうして早く帰ったのかと問いました。Kは心持が悪いから休んだのだと答えました。私が自分の室にはいってそのまま坐っていると、間もなくお嬢さんが茶を持って来てくれました。その時お嬢さんは始めてお帰りといって私に挨拶《あいさつ》をしました。私は笑いながらさっきはなぜ逃げたんですと聞けるような捌《さば》けた男ではありません。それでいて腹の中では何だかその事が気にかかるような人間だったのです。お嬢さんはすぐ座を立って縁側伝《えんがわづた》いに向うへ行ってしまいました。しかしKの室の前に立ち留まって、二言《ふたこと》三言《みこと》内と外とで話をしていました。それは先刻《さっき》の続きらしかったのですが、前を聞かない私にはまるで解りませんでした。
 そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になって来ました。Kと私がいっしょに宅《うち》にいる時でも、よくKの室《へや》の縁側へ来て彼の名を呼びました。そうしてそこへ入って、ゆっくりしていました。無論郵便を持って来る事もあるし、洗濯物を置いてゆく事もあるのですから、そのくらいの交通は同じ宅にいる二人の関係上、当然と見なければならないのでしょうが、ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのです。ある時はお嬢さんがわざわざ私の室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。それならなぜKに宅を出てもらわないのかとあなたは聞くでしょう。しかしそうすれば私がKを無理に引張《ひっぱ》って来た主意が立たなくなるだけです。私にはそれができないのです。

     三十三

「十一月の寒い雨の降る日の事でした。私《わたくし》は外套《がい
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