よりも私の方が強いのですから、私はすぐ応じました。
宅《うち》へ着いた時、奥さんは二人の姿を見て驚きました。二人はただ色が黒くなったばかりでなく、むやみに歩いていたうちに大変|瘠《や》せてしまったのです。奥さんはそれでも丈夫そうになったといって賞《ほ》めてくれるのです。お嬢さんは奥さんの矛盾がおかしいといってまた笑い出しました。旅行前時々腹の立った私も、その時だけは愉快な心持がしました。場合が場合なのと、久しぶりに聞いたせいでしょう。
三十二
「それのみならず私《わたくし》はお嬢さんの態度の少し前と変っているのに気が付きました。久しぶりで旅から帰った私たちが平生《へいぜい》の通り落ち付くまでには、万事について女の手が必要だったのですが、その世話をしてくれる奥さんはとにかく、お嬢さんがすべて私の方を先にして、Kを後廻《あとまわ》しにするように見えたのです。それを露骨にやられては、私も迷惑したかもしれません。場合によってはかえって不快の念さえ起しかねなかったろうと思うのですが、お嬢さんの所作《しょさ》はその点で甚だ要領を得ていたから、私は嬉《うれ》しかったのです。つまりお嬢さんは私だけに解《わか》るように、持前《もちまえ》の親切を余分に私の方へ割り宛《あ》ててくれたのです。だからKは別に厭《いや》な顔もせずに平気でいました。私は心の中《うち》でひそかに彼に対する※[#「りっしんべん+榿のつくり」、第3水準1−84−59]歌《がいか》を奏しました。
やがて夏も過ぎて九月の中頃《なかごろ》から我々はまた学校の課業に出席しなければならない事になりました。Kと私とは各自《てんでん》の時間の都合で出入りの刻限にまた遅速ができてきました。私がKより後《おく》れて帰る時は一週に三度ほどありましたが、いつ帰ってもお嬢さんの影をKの室《へや》に認める事はないようになりました。Kは例の眼を私の方に向けて、「今帰ったのか」を規則のごとく繰り返しました。私の会釈もほとんど器械のごとく簡単でかつ無意味でした。
たしか十月の中頃と思います。私は寝坊《ねぼう》をした結果、日本服《にほんふく》のまま急いで学校へ出た事があります。穿物《はきもの》も編上《あみあげ》などを結んでいる時間が惜しいので、草履《ぞうり》を突っかけたなり飛び出したのです。その日は時間割からいうと、Kよりも私の方
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