るのだから、変なものでした。
三人は日本橋《にほんばし》へ行って買いたいものを買いました。買う間にも色々気が変るので、思ったより暇《ひま》がかかりました。奥さんはわざわざ私の名を呼んでどうだろうと相談をするのです。時々|反物《たんもの》をお嬢さんの肩から胸へ竪《たて》に宛《あ》てておいて、私に二、三歩|遠退《とおの》いて見てくれろというのです。私はそのたびごとに、それは駄目《だめ》だとか、それはよく似合うとか、とにかく一人前の口を聞きました。
こんな事で時間が掛《かか》って帰りは夕飯《ゆうめし》の時刻になりました。奥さんは私に対するお礼に何かご馳走《ちそう》するといって、木原店《きはらだな》という寄席《よせ》のある狭い横丁《よこちょう》へ私を連れ込みました。横丁も狭いが、飯を食わせる家《うち》も狭いものでした。この辺《へん》の地理を一向《いっこう》心得ない私は、奥さんの知識に驚いたくらいです。
我々は夜《よ》に入《い》って家《うち》へ帰りました。その翌日《あくるひ》は日曜でしたから、私は終日|室《へや》の中《うち》に閉じ籠《こも》っていました。月曜になって、学校へ出ると、私は朝っぱらそうそう級友の一人から調戯《からか》われました。いつ妻《さい》を迎えたのかといってわざとらしく聞かれるのです。それから私の細君《さいくん》は非常に美人だといって賞《ほ》めるのです。私は三人|連《づれ》で日本橋へ出掛けたところを、その男にどこかで見られたものとみえます。
十八
「私は宅《うち》へ帰って奥さんとお嬢さんにその話をしました。奥さんは笑いました。しかし定めて迷惑だろうといって私の顔を見ました。私はその時腹のなかで、男はこんな風《ふう》にして、女から気を引いて見られるのかと思いました。奥さんの眼は充分私にそう思わせるだけの意味をもっていたのです。私はその時自分の考えている通りを直截《ちょくせつ》に打ち明けてしまえば好かったかも知れません。しかし私にはもう狐疑《こぎ》という薩張《さっぱ》りしない塊《かたま》りがこびり付いていました。私は打ち明けようとして、ひょいと留《と》まりました。そうして話の角度を故意に少し外《そ》らしました。
私は肝心《かんじん》の自分というものを問題の中から引き抜いてしまいました。そうしてお嬢さんの結婚について、奥さんの意中を探ったのです
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