いから許してくれ玉え」に傍点]とある文句は露佯《つゆいつわ》りのない所だが、書きたいことは書きたいが、忙がしいから許してくれ玉えと云う余の返事には少々の遁辞《とんじ》が這入《はい》って居る。憐《あわ》れなる子規は余が通信を待ち暮らしつつ、待ち暮らした甲斐《かい》もなく呼吸《いき》を引き取ったのである。
 子規はにくい男である。嘗《かつ》て墨汁一滴か何かの中に、独乙《ドイツ》では姉崎や、藤代が独乙語で演説をして大喝采《だいかっさい》を博しているのに漱石は倫敦《ロンドン》の片田舎《かたいなか》の下宿に燻《くすぶ》って、婆さんからいじめられていると云う様な事をかいた。こんな事をかくときは、にくい男だが、書きたいことは多いが、苦しいから許してくれ玉え[#「書きたいことは多いが、苦しいから許してくれ玉え」に傍点]抔《など》と云われると気の毒で堪《たま》らない。余は子規に対して此気の毒を晴らさないうちに、とうとう彼を殺して仕舞《しま》った。
 子規がいきて居たら「猫」を読んで何と云うか知らぬ。或《あるい》は倫敦消息は読みたいが「猫」は御免《ごめん》だと逃げるかも分らない。然し「猫」は余を有名にした
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