気の毒だが、もう一度何か書いてくれまいかとの依頼をよこした。此時子規は余程《よほど》の重体で、手紙の文句も頗《すこぶ》る悲酸《ひさん》であったから、情誼《じょうぎ》上何か認《したた》めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし、そう面白い種をあさってあるく様な閑日月もなかったから、つい其儘《そのまま》にして居るうちに子規は死んで仕舞《しま》った。
 筺底《きょうてい》から出して見ると、其手紙にはこうある。
 僕ハモーダメニナッテシマッタ、毎日訳モナク号泣シテ居ルヨウナ次第ダ、ソレダカラ新聞雑誌ヘモ少シモ書カヌ。手紙ハ一切廃止。ソレダカラ御無沙汰シテマス。今夜ハフト思イツイテ特別ニ手紙ヲカク。イツカヨコシテクレタ君ノ手紙ハ非常ニ面白カッタ。近来僕ヲ喜バセタ者ノ随一ダ。僕ガ昔カラ西洋ヲ見タガッテ居タノハ君モ知ッテルダロー。夫《それ》ガ病人ニナッテシマッタノダカラ残念デタマラナイノダガ、君ノ手紙ヲ見テ西洋ヘ往《いっ》タヨウナ気ニナッテ愉快デタマラヌ。若《も》シ書ケルナラ僕ノ目ノ明イテル内ニ今一便ヨコシテクレヌカ(無理ナ注文ダガ)
 画ハガキモ慥《たしか》ニ受取タ。倫敦《ロンド
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