、あたゝかである。
黙太居を訪ねる、昼飯をよばれる。
君は詩人である。
院庭で中井さんが、黙太三洞そして私をカメラにおさめて下さつた。
広次君を宿に訪ねて、さらに話しつゞけた。
憂欝たへがたくなつた、アルコールでごまかすより外なかつた、私は卑怯者だ、ぐうたらだ!
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・旅のすがたをカメラに初夏の雲も
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五月四日[#「五月四日」に二重傍線] 日本晴。
甲州路をたどる。――
三洞君がしんせつにも浅川まで送つて下さつた、君の温情まことにありがたし、私はその温情に甘えたやうだ。
汽車で小仏峠を越える、雑木山のうつくしさよ。
山また山、富士がひよつこり白いあたまをのぞける、山はけはしく谿はふかく雑木若葉はかゞやく。
与瀬から上野原まで歩いて、清水屋といふ安宿に泊る、一泊二飯で五十銭は安かつた。
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(追憶)
・何かさみしく死んでしまへととぶとんぼ
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五月五日[#「五月五日」に二重傍線] 晴。
至るところ鯉幟吹流しがへんぽんとして青空でおどつてゐる。
やつと自分といふものをとりかへして私らしくなつたやうである。
五月の甲州街道はまことによろしい。
桂川峡では河鹿が鳴いてゐた。
山にも野にもいろ/\の花が咲いてゐる。
猿橋。
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・若葉かゞやく今日は猿橋を渡る
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こんな句が出来るのも旅の一興だ。
甲府まで汽車、笹子峠は長かつた、大菩薩峠の名に心をひかれた。
甲斐絹水晶の産地、葡萄郷、安宿は雑然騒然、私のやうな旅人は何となくものかなしくなる、酒を呷つて甲府銀座をさまよふ。
老を痛切に感じる、ともかくも今日までは死なゝいでゐるけれど!(生きてゐたのではない)
desperate character !
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・しつとり濡れて草もわたしもてふてふも
[#ここで字下げ終わり]
五月六日[#「五月六日」に二重傍線] 曇。
何も彼も暗い、天も地も人も。
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(自嘲)
どうにもならない生きものが夜の底に
(追加)
旅はいつしか春めく泡盛をあほる
[#ここで字下げ終わり]
五月七日[#「五月七日」に二重傍線] とう/\雨となつた。
緑平老から旅費を送つて貰ふ。
ありがたしかたじけなし。
孤独な散歩者として。――
五月八日[#「五月八日」に二重傍線] 曇。
心機一転、これから私は私らしい旅人として出立しなければならない。
我儘は私の性だから、それはそれとしてよろしいけれど、ブルジヨア的であつてはならない、執着しない我儘でなければならない。
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・風は五月のさわやかな死にざま
・ひよいと月が出てゐた富士のむかうから
(甲州から信州へ)
・日の照れば雪山のいよいよ白し
・尿するそこら草の芽だらけ
・こんなに蕎麦がうまい浅間のふもとにゐる
江畔老に鼻頭橋まで見送られて
橋までいつしよに、それからまた一人旅
・浅間をまへにまいにち畑打つてふてふ
・落花ちりこむ壁土のねばりやう
・浅間はつきりとぶてふてふ
・芽ぶいて落葉松落葉は寝ころぶによく
・新道が旧道に草萌ゆる
・袂草のいつとなくたまつてゐる捨てる
碓氷山中雑詠
・木の芽あかるい家があつて誰もゐない
・道がわからなくなり啼く鳥歩く鳥
・遠くなり近くなる水音の一人
・山のふかさはみな芽ぶく
・誰にも逢はない呼子鳥啼く
・はるかにあかるく山ざくら花ざかり
・山ふかうしてなんとするどく
・足もとあやうく咲いてゐる一りん
・春日さんらんとして白樺の肌
・ふと河鹿なくたゝずみて聴く
(追加)
・古びた鯉幟も、屋根には石をおき
・はてしなき旅空の爆音を仰ぐ
・まともに見えてくる妙義でこぼこ
( 〃 )
・行き暮れてほの白くからたちの花
・けふは今日の太陽をいたゞいて行く
・一人となれば分け入る山のかつこう
・うそ寒う夕焼けて山羊がないて
稔郎居
・ゆうべいそがしい音は打つてくださる蕎麦で
江畔老と共に岩子鉱泉に
・はなしがとだえると蛙げろげろ
自省
・衣かへて心いれかへて旅もあらためて
・親馬仔馬みんな戻つてくるあたゝかし
・桑畑芽ぶく中の奉安殿
・浅間朝からあざやかな雲雀の唄です
(追加一句)追分
・こゝで休むとする道の分れるところ
・芽ぶく林の白樺の白く
[#ここで字下げ終わり]
「わびしさも」
五月八日[#「五月八日」に二重傍線](続)
高原、山国らしく、かるさん姿のよろしさ。
たうとう行き暮れてしまつた、泊めてくれるところがない、ままよ今までの贅沢を償ふ意味でも野宿しよう、といふ覚悟で、とぼ/\峠を登つて行くと、ルンペン君
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